2017年10月16日

岸根栗・岩国市美和町

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岩国市美和町は岸根栗(がんねぐり)の故郷、岸根栗は甘味が強いのと大きさも大きく、栗の王様と呼ばれ焼き栗はもちろん、高級菓子などに重宝されています。
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岸根栗の花、
一般の栗とほぼ同じで6月に咲きます。
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岸根栗の収穫は普通の栗よりやや遅く、10月中旬から11月初旬にかけて行われます。
Hirokane


タグ:地域自慢
posted by 広兼高士 at 13:35| Comment(0) | 産品 土産物

天空の集落柱ヶ瀬・岩国市錦町

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岩国のマチュピチュ、天空の集落柱ヶ瀬(はしらがせ)の絶景です。撮影は4月末、標高700m前後の集落は遅い春を迎えます。
Hirokane

2017年10月13日

大星山の絶景・平生町

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よく晴れた日の周防灘の風景、遠く国東半島まで見渡すことができます。スッキリとした澄んだ日が少ない昨今ですが、雨あがりがオススメです。
Hirokane

2017年10月12日

大小丸から・錦町

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岩国市錦町大小丸からの風景、なかなかの絶景です。あの横尾忠則氏も来られたとか、両側の山が良い感じです。
Hirokane

2017年10月11日

絶景弥栄湖・岩国市美和町

弥栄湖の秋
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10月中旬、もうすぐ弥栄湖の紅葉が始まります。
ここは弥栄湖の横に突き出した入り江のような場所ですが、バス釣りの舟も多く見られます。
あまり大きな面積ではありませんが、毎年良い感じで紅葉します。
Hirokane



2017年10月10日

絶景大畠瀬戸・平生町

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大畠瀬戸の絶景ポイント、般若寺さんの展望所からの一枚です。遥か遠くに見えるのは広島県の倉橋島だと思います。空気の澄んだ日をお選びください。
Hirokane

2017年10月02日

美和町物語・岩国市

岩国市美和町(みわまち)は山口県の最西部、広島県との境界に位置し、標高200m前後の台地に広がる自然豊かな町です。
さて、
美和町もご多分に漏れず人口減少、北部では過疎化高齢化が深刻な問題となっています。しかし、広島市へ約70分、岩国市へ40分、大竹市へ30分と利便性もよく、魅力いっぱいの町でもあります。
今回はそんな美和町を紹介いたします。

美和町のゲートブリッジ
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美和町へのアクセスは、廿日市方面から、錦川方面からなど大小8ヶ所のルートがありますが、ここ弥栄ダムにかかる弥栄大橋が一番大きな入り口で美和町へのゲートとなっています。
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その弥栄大橋のたもとのバスストップです。古くはほとんどバスでの移動で、満員のバスが美和町から大竹駅、岩国駅へと運行されていました。
今では利用される人も少ないのですが、高齢者にとっては重要な地域の足となっています。

美和町の春
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美和町の春は弥栄湖スポーツ公園の桜から始まりす。近隣では類をみない見事な桜が、通り過ぎる人々の目を楽しませ、休日には多くの家族連れなどで賑わいます。
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桜のシーズンが終わると美和の山々は若葉の季節になります。淡い黄緑色の若葉の季節になると、忙しい田植えのシーズンとなり美和町は活気にあふれます。

白滝山
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写真は美和町のシンボルとも言える白滝山です。標高は473mとそう高くない山ですが、片道約2時間と良い運動になります。
右から上り、左に下りるコースが安全でおすすめです。
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白滝山頂上からの眺めです。大竹市方向を写していますが、花崗岩で形成される白滝山は大きな木が少なく見晴らしは抜群です。
白滝の名前の由来は「白滝姫伝説によるもの」「花崗岩の岩場が白い滝に見えるから」などと言われているようです。
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美和町での食事はレイクプラザ1Fの「レストランやさか」さんが多く利用されています。レイクプラザは弥栄湖周辺の施設、グラウンドゴルフ、バス釣り、キャンプ場、テニスコート、運動公園などの管理棟です。
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そして現在の美和町の中心地的存在は県道沿いになります。ここにはハーモニー美和、高校、スーパー、ホームセンター、スタンド、コンビニ、ふるさと市場などが点在しています。
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鮎谷の風景、
鮎谷には美和中学校や美和西小学校、旧役場、病院などがあり、美和町出身の方には懐かしい場所です。
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中学校への道を歩いてみました。中学時代通った懐かしい路ですが、生徒数はかなり少なくなっています。皆さんぜひ美和町にお帰へりください。
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高原の風景
そして美和町の最北部太田原地区、ここは標高600m前後の高原の集落です。
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美和町は取り入れの季節になります。黄金色に輝く稲穂の風景は農村がもっとも活気にあふれます。遠くに見えるのは生見八幡宮もうすぐ秋祭りです。
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その生見八幡様にお参りしました。
美和町では大きな神社で、子供時代に母に連れられて賑やかな秋祭りに来たことが思い出されます。
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やがて美和の山々は赤く染まります。一年の終わりはいつもこの華やかな風景で終わりますが、また来年の風景が楽しみに思えます。(阿賀の紅葉)
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美和町二ツ野地区の白羽神社に伝わる「山代白羽神楽団」さんです。山口県無形民俗文化財に指定されており、毎年秋(11月初め)には夜神楽が開催されています。
そして、
美和町ご出身の方には故郷美和を思い出していただければ幸いです。
Hirokane
posted by 広兼高士 at 15:50| Comment(0) | 故郷物語

2017年09月28日

鰐鳴八幡宮の彼岸花・山口市

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「参道のヒガンバナ」
鰐鳴八幡宮は平安中期、西暦1004年を創立年とされた由緒ある八幡宮、秋にはヒガンバナが綺麗なことでも有名です。
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「ヒガンバナ・曼珠沙華」
と言うことで写しに行ってみました。鰐鳴八幡宮のヒガンバナをお楽しみください。
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Yasuyo


タグ:花植物
posted by 広兼高士 at 14:02| Comment(0) | 山口 防府 周南 下松 光

2017年09月20日

般若姫物語

般若姫物語は般若姫の伝説を写真とともにたどってみます。このブログは写真ブログですので、物語としては物足りないかもわかりませんが、写真でお楽しみください。
般若姫伝説、奈良の都、大分県臼杵市、山口県柳井市、大畠(瀬戸)、平生町をたどってみます。
また、般若姫行列の画像は臼杵市観光協会さんのご協力です。般若姫行列は臼杵竹宵まつり(十一月第一土曜日・日曜日)に行われます。
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般若姫物語を書くにあたり、疑問点を解消しようと奈良の知人(歴史学者)に問い合わせました。
「久我大臣の奈良の都はどこでしょうか?」
「久我は京都で奈良は蘇我ですよ」と言われ再びネットを見ると、玉津姫の父は蘇我稲目では?書かれていた。さらに、奈良の知人からは「この物語と同じようなお話が葛城山にもあります」とのこと、蘇我氏と葛城氏も少し関係があるようだし、とりあえずつながりました。
私の立ち位置としては歴史や民俗学ではなく、あくまで道案内人、般若姫のたどられたルートのガイド役とご理解ください。

般若姫物語
般若姫行列・・・大分県臼杵市
奈良の都、蘇我氏の娘玉津姫、それはそれは綺麗なお姫様でした。が、成長するにつれ顔にあざができ嫁ぐことができません。大和の国の三輪明神様に願掛けをしたところ、豊後の国の小五郎に嫁ぐようにとお告げがあったそうです。
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玉津姫は小五郎を探し出し「結婚してほしい」と言ったところ「炭焼きで貧乏、結婚できるわけがない」と断られたので「多少の蓄えはある」と黄金を差し出しました。
小五郎は「それならいくらでもあると淵の傍につれていき」その淵で身を清めると小五郎は美男子に、玉津姫のあざも消えました。
二人は結婚、やがて二人の間に女の子が誕生し、名前を般若姫としました。般若姫も、それはそれは美しい姫に成長し、その噂は遠く都にまで達します。
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般若姫の噂は「橘の豊日の皇子」の耳に入り、般若姫に逢うため、修行者となって豊後に入りました。笛が大変上手で、山路と名をかえて長者の家に住み込みました。
あるとき、般若姫が重い病気にかかり、「姫の病は諸神のたたり。治すためには、三江の松原に仮の神社を建て、笠懸の的を射よ。」というお告げを受けました。
もし姫の病気が治ったあかつきには、姫をお嫁にください。」と山路は言い、的を射ることで姫の病気を治し山路は橘豊日尊(たちばなのとよひのみこと)であることを明します。
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やがて橘豊日尊は都に呼び戻され、その後に般若姫は都に上ることとなります。
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般若姫は100艘を越える船団で都へと旅立ちます。その航海を想像しますと、臼杵より鶴崎へ、鶴崎より国東半島へ渡ります。(約11km)

大星山展望台より・・・山口県平生町
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そして、国東より周防の国祝島、平郡島、大畠を目指します。が、ここで嵐に遭遇、船団は姫島へと引き返します。この時般若姫が立ち寄ったことで姫島とよばれるとも伝わります。般若姫の一行は再び姫島を出航、姫島と祝島の距離は約30km(祝島は中央)、祝島を通過すると上関、平郡島ですが、平郡島の沖合で再び嵐に遭遇します。しかし船団はひたすら大畠瀬戸を目指します。
写真は大星山展望台よりの周防灘、中央のやや大きな島が祝島、右が小祝島、左は上関、そのはるか遠くに国東半島がかすみます。
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姫島
画像を加工してみました。遠く国東半島の右(中央やや右)に、小さくとがった島(山)が見えますが姫島だと思います。



荒ぶる大畠の瀬戸へ
大畠の瀬戸・・・柳井市大畠
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般若姫の船団は大畠の瀬戸へ向かいます。が、ここは日本三大潮流と言われる難所中の難所です。
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大島大橋の工事以降、潮がおとなしくなったと言われますが、今でもドーンと小舟をつきあげるように潮が浮き上がり船の上に立つことができません。
それは海底の起伏に原因があるようです。
大畠の渦潮・・・柳井市大畠
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現在でも潮が動くときは小舟は港に帰ります。この写真は小型漁船から写したもので、目線としては般若姫の伴の船団と同じだと思います。

柳井方向から岩国方向へ
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写真は実際に般若姫の一行の進行方向、柳井から岩国方向へ流れる潮です。遠くの穏やかな海と比較してください、また大型船と比較していただくと流れの大きさもわかります。
不慣れな船団はこの流れに巻き込まれたと思います。小舟で乗り切るにはかなり怖いと思いますが、船団はここで壊滅的な被害にあったのではと想像できます。
(写真は大橋の上からです)

柳と井戸・・・柳井市柳井
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この時般若姫は、疲れをいやすために柳井へと引き返し水を飲まれます。その美味しい井戸の水に感激され、井戸の傍に柳の楊枝をさすと一夜にして芽吹き柳の木は大木に育ちました。
柳井(柳井市)の語源はその時の「柳と井戸(曹洞宗湘江庵境内)」によるものと伝わります。
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般若姫は大勢の供のものを失い嘆き悲しまれ、自らも大畠の瀬戸に身を沈められました。そして姫は、遺言どうり、大畠の瀬戸が見守られる神峰山(正面遠く・平生町)に葬り祀られています。

般若寺展望所より・・・平生町
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般若寺より眺める大畠の瀬戸、潮の流れも確認できます。
そのことは直ぐに臼杵と都に伝わり、皇子と長者は悲しまれ真名の長者により神峰山に般若寺が建立されます。

般若寺・・・平生町
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般若寺仁王門です。
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般若寺観音堂です。
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般若寺本堂です。
また境内にある般若姫の供養塔には大分の石が使われているとのこと、さらに真名の長者は臼杵に多くの石仏を建立し、その石仏が現在の国宝、臼杵の磨崖仏だと伝わります。
さらに、
毎年陰暦12月大晦日の夜、大畠の瀬戸から火の玉が三つ舞い上がり、一つは神峰山の山頂の「龍灯の松」にとまった後、般若寺の観音堂の三光之窓に入っていくということです。
これまでお読みいただき有難うございます。

これはあくまで道案内のブログであり、写真をお楽しみいただければ幸いです。

ところで皆さま、
このお話が伝説なのか実話なのか気になりませんか?
私が般若姫伝説を知ったのは約20年前、その後は般若姫のファンとなり現在に至ります。
私なりには、
物語と実話が混在しているように思います。源義経伝説も水戸黄門さまも、最近では山田長政、「野に咲く花のように」もそうだと思いますが、こうした物語の多くは実話に脚色したものが伝わります。
ですから、
近日中に私なりの「実話ではないだろうか」の仮説を書いてみたいと思います。
Hirokane

posted by 広兼高士 at 18:26| Comment(0) | 般若姫伝説

2017年09月15日

防予旅物語・三津浜から柳井へ

三津浜の風景
今回は愛媛県三津浜港より始ります。ここは柳井松山航路の港三津浜、三津浜は小さな渡し舟など港町ならではの情緒が残ります。そんな三津浜港から柳井港への船旅をお楽しみいただきます。
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午後三時五分、防予汽船オレンジラインは三津浜の港を離れます。
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振り返れば綺麗な三津浜の町が目に入り、四国での楽しい思いでも蘇ります。いよいよ四国松山ともお別れですがまた来たいと思います。
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フェリーは一路山口県柳井港を目指し瀬戸の海を走ります。潮風を感じながら、瀬戸の風景を見ながら船の旅を楽しみます。
遠く島影が
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おや?どこかで見たような島影が、もしかするとあのダッシュ島(由利島)?・・・人々がスマホで位置情報を確かめています。・・・ここはまだ愛媛県です。
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そして約1時間で周防大島の最南端を通過、ここからは山口県、もう少しで途中寄港の伊保田港に到着します。
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右側にオレンジのフェリーが、柳井港を出発して三津浜港に向かうフェリーです。
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伊保田港が見えてきました。ここまでは約70分、「この近くの人たちには松山が便利なのかなー」などと考えながら近づく港を眺めています。
周防大島・伊保田港へ到着
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フェリーは伊保田港に接岸、ここでは乗る人は少なく下りる車や人、遠くで手を振っている女性が見えます。
娘さんを迎えに来られたお母さんだと思いますが、良い光景、良い風景、良いご家族、故郷です。
大島大橋
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しばらくすると大島大橋が見え、右側には山陽線を走る電車が小さく見えています。だんだんと大橋が近づけば柳井に帰った感じがします。もうすぐです・・・。
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フェリーは大橋をくぐり、潮流が速く最大の難所である大畠瀬戸を通過します。運が良ければ渦潮に出会えるかも?
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正面には柳井のシンボル、発電所の煙突が見えます。時間は午後5時過ぎ、うす曇りの空が少し赤く染まっています。
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フェリーでは乗務員の人たちが手慣れた様子で柳井港接岸の準備をされています。
柳井港
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柳井港です。ここで防予の船旅は終わりますが、フェリーはバックで接岸しますので、はゆっくりと向きを変えています。
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午後5時半フェリーが接岸します。道路向かいのJR駅へ急ぐ人、お迎えの車に乗り込む人、トラックや営業車、乗用車がそれぞれの方向へと分かれます。
私もほっとしたような、名残りおしいような複雑な思いで次の目的地へと急ぎます。
(最後までご覧いただきありがとうございました。)
Hirokane
posted by 広兼高士 at 08:57| Comment(0) | 故郷物語